・・・菅原一剛 写真家
●会 期 2011年7月22日(金)~ 8月4日(木)【終了しました】
●開館時間 10:30~18:00(8月4日(木)は15:00まで)
●休廊日 日曜日
●入場無料
●会 場 エプソンイメージングギャラリー エプサイト
〒163-0401 東京都新宿区西新宿2-1-1 新宿三井ビル1階
TEL 03-3345-9881
エプサイトギャラリー:http://www.epson.jp/epsite/
●開館時間 10:30~18:00(8月4日(木)は15:00まで)
●休廊日 日曜日
●入場無料
●会 場 エプソンイメージングギャラリー エプサイト
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TEL 03-3345-9881
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(C) Ichigo Sugawara
はじめて菅原氏とお会いしたのは、彼が、フリーランスのフォトグラファーとして、フランスでみずからの作品づくりを目指す一方で広告やファッション写真に才覚を発揮、ヨーロッパで評価と人気を得たのち、日本での基盤を築くために帰国されたあたり、おそらく90年代の半ばくらいだったかと思う。バブル景気はすでに衰退期にあったが高揚のほとぼりはひきつづき活況を呈する一方、作品だけでやっていくにはオリジナルプリントの市場の発達は未成熟で、写真を生業とするためには広告やメディアの仕事をこなすことが必要だった。
自由度を希求すればするほど、皮肉なことに、境界線は嶮しくなる。アーティストとしての感性を推し進めるべき方向を一時的に見失い悩み惑うようすが、菅原さんの相貌からうかがわれたというのが当時の菅原さんの印象である。
しばらくして、親しい編集者らを通じ、菅原さんの噂を聞くことがたび重なるようになった。といっても、誰も彼もから、というのではなく、ときに周囲と衝突するような頑固一徹なタイプの編集者ほど、菅原さんの仕事と作品づくりにそそぐ情熱をほめるのである。
時代の寵児にだってなれた人だったと思う。でも、そうして流されてしまっていれば、いまの菅原さんはなかったということになる。つらい時期をすごされたと推測するが、踏み堪えて、50歳を迎えるいまの菅原さんの表情に曇りは感じられない、むしろ、身にまとうおだやかな空気は清涼溌剌とした自信と品格に充ちている。「若い人たちに築いてきたものを伝えたかった」今春、友人と東京・八丁堀に日本写真学院をたちあげ、主任講師として、信頼できる人材をあつめ丁寧に講座を編成したきっかけを菅原さんはそのように語る。Bright room、Dark room…デジタルプリントにも銀塩プリントにも対応する清潔な学院の環境には、数台のEPSONプリンタも設置されている。パートナーとも呼べるプリンタの久保元幸氏と、プラチナプリント、湿板プリントなどのさまざまな技法に挑戦、大判フィルム、ライカ、ニコン…デジタル、アナログにこだわらず、臨機応変に写真を楽しんでいるようにみえる。2000年代には海外からの招聘にこたえて数々のプロジェクトに参加、充実したネットワークを育て、作家としての活動領域を確実にひろげている。
今回エプサイトでご一緒するのは、東北を拠点とする最先端のリサイクル企業である青南商事、東北大学らとスタートするリサイクルプロジェクトのスローガンでもある「DUST MY BROOM(スライドギターの名手、エルモア・ジェイムスの代表曲名であるこの言葉は、さまざまなシーンで”やり直す”ことの比喩として使われる)」を掲げ、いちにちも早い震災からの復興をとねがう気持ちを礎に、天災から立ち直ろうとして行われるさまざまな尽力の支えとなり未来を照らしだす、子供たちの天使の笑顔と自然のうつくしさをバングラデシュとケニヤに追った作品展だ。会期中には、多彩なゲストを迎え、菅原氏の幅広い活動をお伝えするトークイベントも企画されている。
本尾久子
自由度を希求すればするほど、皮肉なことに、境界線は嶮しくなる。アーティストとしての感性を推し進めるべき方向を一時的に見失い悩み惑うようすが、菅原さんの相貌からうかがわれたというのが当時の菅原さんの印象である。
しばらくして、親しい編集者らを通じ、菅原さんの噂を聞くことがたび重なるようになった。といっても、誰も彼もから、というのではなく、ときに周囲と衝突するような頑固一徹なタイプの編集者ほど、菅原さんの仕事と作品づくりにそそぐ情熱をほめるのである。
時代の寵児にだってなれた人だったと思う。でも、そうして流されてしまっていれば、いまの菅原さんはなかったということになる。つらい時期をすごされたと推測するが、踏み堪えて、50歳を迎えるいまの菅原さんの表情に曇りは感じられない、むしろ、身にまとうおだやかな空気は清涼溌剌とした自信と品格に充ちている。「若い人たちに築いてきたものを伝えたかった」今春、友人と東京・八丁堀に日本写真学院をたちあげ、主任講師として、信頼できる人材をあつめ丁寧に講座を編成したきっかけを菅原さんはそのように語る。Bright room、Dark room…デジタルプリントにも銀塩プリントにも対応する清潔な学院の環境には、数台のEPSONプリンタも設置されている。パートナーとも呼べるプリンタの久保元幸氏と、プラチナプリント、湿板プリントなどのさまざまな技法に挑戦、大判フィルム、ライカ、ニコン…デジタル、アナログにこだわらず、臨機応変に写真を楽しんでいるようにみえる。2000年代には海外からの招聘にこたえて数々のプロジェクトに参加、充実したネットワークを育て、作家としての活動領域を確実にひろげている。
今回エプサイトでご一緒するのは、東北を拠点とする最先端のリサイクル企業である青南商事、東北大学らとスタートするリサイクルプロジェクトのスローガンでもある「DUST MY BROOM(スライドギターの名手、エルモア・ジェイムスの代表曲名であるこの言葉は、さまざまなシーンで”やり直す”ことの比喩として使われる)」を掲げ、いちにちも早い震災からの復興をとねがう気持ちを礎に、天災から立ち直ろうとして行われるさまざまな尽力の支えとなり未来を照らしだす、子供たちの天使の笑顔と自然のうつくしさをバングラデシュとケニヤに追った作品展だ。会期中には、多彩なゲストを迎え、菅原氏の幅広い活動をお伝えするトークイベントも企画されている。
本尾久子



